正解を考える必要はないのです
十代の留学生の中には、留学を始めてすぐの頃、我々のどんな質問に対しても、「正しい答え」や「求められている答え」を探して返事をしようとする人がいる。
例えば、「これから英語の勉強をステイ先でする時に、読む力と書く力、どちらを中心に勉強しますか?」という質問に対して、「両方大事なので、両方きちんとやります」と言う。
それは確かに、期待した範囲内の優等生の返事だ。実際に両方できればそれが一番いい。
でも、私達の質問の意図は、「あなたの状況ややる気に合わせて、どちらを中心にするのがいいと、あなたは考えるのか」ということだ。その人の考えや感じたことを聞きたいのだ。テストの答案ではないのだから、「一般的に最も正しい答え」や「こちらが求めているであろうとその人が考えた答え」を聞きたいのではない。
自分が今感じていること、考えていること、目にしたこと、などを単に素直に自分の言葉で表現すればいいのに、と思う。大人の質問に対して、正しい答えを見つけようとせずに、もっと言えば、正しいとか間違っているとかそんなことを考えずに、自分の言葉で自分の考えや感じたことを伝えようとすればいいのに、と思う。
もちろん、留学をスタートさせた時から、自分の言葉で自分の考えや感情をストレートに表現する留学生もいる。でも中には、大人から何か質問をされると、「何が正しい答えなのだろう」とか「求められている答えは何なのだろう」と反射的に考えてしまう人もいる。
我々と留学生との信頼関係ができていないのも、一つの大きな原因なのだろう。我々の側が、時間をかけて信頼関係を作って、留学生が素直に自分の考えや感情を表現してくれるようにする必要もある。でも、それと同時に、「正しい答え」や「求められている答え」を探すという、条件反射のような思考を、留学生達に変えていってほしいとも思う。
大人の質問には必ずしも正解を返さなくてもいいのだ。そもそも正解などない。自分の思ったこと、感じたこと、見たこと、聞いたことを、そのまま言葉にすればいいのだ、と思う。
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