ニュージーランド現地無料留学エージェント

ニュージーランドで暮らして19年以上になると、たまに日本に帰国した時、いろいろと驚いたり、感じたりすることがある。

お互いに日本語で話をしていても、どうもどこか通じていないように感じたり、前提としている部分が違うと思うことがあったり、そういう意味で言ったのではないのに、というリアクションが相手からあったりする。

そういう感覚は、私がニュージーランドに移住した当時、現地の人達と話をしている時に何度か感じたけれど、今はあまり感じない。そう考えると、日本から移住してきた当時は、異文化の中で自分だけが周囲の人達と少し異なる部分があって、話が通じなかったり、前提が違ったり、意味を取り違えられたりしたのだと思う。そして今、日本に行ったときに同じような経験をするのは、日本で自分だけが周囲の人達と少し異なる部分がきっとあるのだろう。

違和感のない円滑なコミュニケーションをするためには、参加する全ての人々が、ルールや規則、感覚などを共有することが必要だ。

例えば、所属している企業の社員同士では通用する感覚が、一歩外に出たら通用しない、などということもあるだろう。また、所属するスポーツチームやスポーツ全体の中では通用する言葉が、他のチームや他のスポーツでは通用しない、などという経験もあるかもしれない。

それは、所属するグループでは共有できていたルールや規則、感覚が、他では共有できないからだろう。ある人物があるグループ内ではとても重要で恐れられているとしても、その人が一歩そのグループを出たら重要だと思われないし、恐れられもしないのと似ている。共有している前提が違うのだ。

だから、同じ言葉を使うというだけでお互いが理解できる、と思い込むのも危険ということになるだろう。日本語でも英語でもそうだ。言葉だけではなく、ルールや規則、感覚などの共有が必要なのだ。

そう考えると、留学して英語ができるようになるだけでは、現地の人達と意思疎通ができるようにはならないし、違和感のない円滑なコミュニケーションもできないだろう。現地の人達と一緒に生活することで、ルールや規則、感覚を共有できるようになることも、大切なことだと思う。