いくつになっても新しい選択はできるけれど
今年は、日本の高校3年生にあたるYear 13 の留学生が多いので、卒業後の具体的な進路の話をする機会が多い。
同じ3年間の高校留学生と言っても、卒業後の進路はそれぞれだ。ニュージーランドのポリテクへの進学を考えている学生もいるし、日本の大学を受験する人もいる。また、将来について自分のペースでいろいろと考えている学生もいる。
以前にもこのブログで書いたかもしれないけれど、状況も成長の度合いも様々であるにも関わらず、18歳になったら誰もが、自分の将来について考えるだけではなく、数ある自分の将来の選択肢の中から一つを必ず選ばなければならない、というのもおかしな話だ。18歳の人達にはかなりのプレッシャーだと思うし、どうしていいかわからない、という人も多いだろう。
ただ、昨日Year 13 の学生と進路の話をしたときに、私が彼に言ったことがある。
確かに、18歳でなくても、いつでも人生の新たな選択ができるのは間違いない。25歳でも、30歳でも、40歳でも、60歳でも、人生の新たな選択ができる。
でも18歳の時は、それまでの生活が強制的に終わらされる、という部分が決定的に違う。25歳、30歳、40歳の時に人生の新たな選択をしようと思ったら、それまでの生活を自らの意志で捨てて新たな道に進んでいかなければならない。そして、今までの生活を自ら捨てるのは、ものすごく大変なことだ。
18歳で高校を卒業する時には、自分が望んでも望まなくても、今までの生活は強制的に終わる。だから、「自ら今持っているものを捨てる」という大変なエネルギーを使わなくてもよく、将来のことだけを考えて、自分の可能性の中から選ぶことに集中すればいい。簡単に言えば、過去を気にせず未来だけを見ていればいい。
18歳で強制的に高校を終えさせられて次の選択を迫られるのは、大変で、プレッシャーが大きいだろう。でも、自ら今の生活を捨てるという作業が不要で、将来の選択にだけ集中できるのは、とても楽だとも言える。
キックオフNZのSNS