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例えば、友達何人かと中華料理を食べに行ってみんなでシェアをして、何品かはとても美味しくて何品かは好みではなかったとする。でも、店を出たところで誰かが「美味しかったねぇ!」と言って、他の友達も「そうだね、美味しかった!」と言うと、その店は「美味い店」としてみんなの記憶に残る。

例えば、家族で出かけるとき、一人だけのんびりと準備をして他の家族のメンバーがその人を玄関で待っている。家を出るまでにはまだ十分時間はある場合でも、待っている一人が「あいつ遅い!」と言って、他の家族のメンバーも「そうだ、遅いよ!」と言えば、のんびりと準備している人は「遅い人」になる。

例えば、まあまあ盛り上がったスポーツの試合をみんなで見て、誰かが「いい試合だったね!」と言って、他の人達も「うん、いい試合だった!」と言えば、その試合は「いい試合」だったことになる。

何品か好みでない料理があっても、「美味しかった」と言葉にすればその店は美味しい店になるし、時間に十分間に合っていても、「遅い」と言葉にすればその人は遅い人になるし、まあまあの盛り上がり方でも、「いい試合だった」と言葉にすればいい試合になる。

言葉にすることでそれが事実になる。言葉はそのくらいの力を持っている。

だから、子どもに向かって、「お前は勉強ができないねぇ」とか「恥ずかしがり屋だ」とか何度も何度も言葉にしていると、それを聞いている子どもは、「自分は勉強ができないんだ」「私は恥ずかしがり屋なんだ」と、確定した事実として認めてしまう。そしてそれを言葉にしている大人も、「この子はそんな子だ」と確定してしまう。

事実だからそれを言葉にするんだ、とおっしゃる人もいるだろう。でも、言葉にすることで、その事実をより強く確定させて、動かない事実として人々の中に定着させることにもなる。

言葉は想像以上に強い力を持っている。