英語の発音に一つの正解を求めるのはもうやめよう。

先週、オークランドでのワークショップに招待されて、ニュージーランド中のたくさんの学校関係者と丸2日間に渡りミーティングをしてきた。

定期的にいろんな人達と話をすると、留学の様々な最新の情報がわかったり、最近の留学のトレンドをつかむことができたりする。とても有意義なワークショップだった。

いろんな人達と話をする中で、語学学校のスタッフの興味深い話があった。

ある語学学校では、先生やスタッフもいろんな国籍の人達を採用している、とのことだった。理由は簡単。世界中から留学に来る学生達が、世界中から来る先生やスタッフとコミュニケーションを取ることで、英語力が伸びるし、いろんな文化を理解したり、様々な人と交流していろんな経験からいろんなことを学ぶことができるからだ。

特に興味深かったのが、「これから英語を勉強する人達は、様々な国から来た英語の先生に教えてもらって、様々な英語に触れることが大切だ」ということだ。ロシア出身の先生、サウジアラビア出身の先生などがいて、それぞれの先生は、いわゆるクイーンイングリッシュの発音ではなく、それぞれの母語に少し影響された英語を話す。もちろん教材や語彙、文法は学校で統一されたものを使うけれど、それぞれの先生の英語の発音は少しずつ異なる。

「えっ、何それ?ありえない。」とおっしゃる方もいるかもしれない。日本で英語を勉強している方は、できるだけ「きれいな」「正確な」発音を身に付けることに日夜努力しているだろう。そんな方からすれば、ロシア語の影響を受けた発音の英語の先生に教えてもらいたくない、と思うかもしれない。

確かに、いわゆるクイーンイングリッシュに近い英語の発音を身に付けることも一つの方法だと思う。でも、世界に出てみると、いろんな国の人達が、それぞれの母語に影響を受けた英語でコミュニケーションを取っているのが現実だ。中国、韓国、インド、フランス、ドイツ、トルコ、ブラジル、などの国々からの人達が、それぞれの英語の発音で話をする。それが何の違和感もなく、コミュニケーションとして成立している。

そんな人達の英語でのコミュニケーションの場では、クイーンイングリッシュの発音など求められないし、それぞれの母語に影響を受けた発音に対して批判的に何かを言う人もいない。問題は、コミュニケーションの内容であり、コミュニケーションをしようという意志であり、コミュニケーションを通した人間関係だ。英語の発音がどうのこうの、というのは問題にはならない。

また、いろんな国の人達とコミュニケーションを取るときには、いろんな母語に影響を受けた英語を聞いて理解する力が必要だ。日本でずっとクイーンイングリッシュ、あるいは、米国の英語ばかりを聞いていた人は、きっと最初は聞き取れないだろう。

何のために英語を勉強するのかと言えば、英語を母語とする人そうでない人にかかわらず、世界中の人達とコミュニケーションを取るためだ。そうであるならば、「きれいな」「正確な」発音を身に付けることに時間とお金をかけるのではなく、どんな発音の英語でも聞き取れる力をつけることが大切だし、少しくらい発音が「きれいで」「正確で」なくても、英語を使ってどんどんコミュニケーションを取る力が必要だろう。

日本で、できるだけ「きれいな」「正確な」発音を身に付けることに努力している間に、世界ではもう、一つの正しい英語を学ぶ時代ではなくなってきている。そんなことよりも、英語という世界共通のツールを使って、誰と、どんなことを、どのように、コミュニケーションするのか、ということに、ポイントはシフトしてきている。

何のために英語を勉強するのかを考えると、英語の発音に一つの正解を求めるのは、そろそろやめるのがいいのではないだろうか。

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