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先日のこのブログ「ホームステイで夢のような生活」で、留学生が「ホストファミリーの中の誰かのことが好きになれなくても、全くかまわない」と書いた。

これは、留学生のホストファミリーに対する時ばかりではなくて、ほとんどの場合に当てはまると思う。

我々は常に誰かとコミュニケーションを取りながら生活をしている。近い人なら家族や一緒に暮らしている人達、学校の友達や先生、職場の同僚や先輩後輩、仕事関係の人達、などだ。また、通学や通勤の途中で出会う数多くの人達、近所や様々な活動で接する人達にも日々接して生きている。

そんな数多くの人達全員を好きになれるわけがない。この人は嫌いだとか、この人は何度会ってもあまり好きになれない、という人は必ずいる。何故なら、好きとか嫌いとかいうのは、感情だからだ。いくら頭で、「立場上好きになった方がいい」とか、「嫌いになると自分がしんどい」と考えても、感情は急に好きにはなれない。

それで全くいいのだと思う。

嫌いな感情を無理矢理好きにすることは難しい。好きになろうとするために使う時間やエネルギーは、あまり効果を上げない。だから、嫌いな人がいれば嫌いな感情のままでいいと考えるのが、最善の選択だと私は思う。

でも、嫌いだからといって、嫌いな態度を取っていいかどうかは、また別の問題だ。全ての人達が嫌いな人に嫌いだという態度を取っていたら、おそらく社会はうまく回っていかないし、そんな態度を取る人自身もハッピーにはなれないだろう。

だから、嫌いな感情はそのまま素直に受け入れるとしても、その感情をどのように表現するのか、あるいはしないのか、という方法を考え、スキルを学び、実践することが必要だろう。

嫌いだという感情は誰もが誰にでも持つ。でも、ホームステイでも普段の生活でも、嫌いな人と一緒に過ごさなければならないときや、嫌いな人とつきあっていかなければならないときに、どう考えてどう行動するのか。そのまま放っておくのか、コミュニケーションを拒否してしまうのか、おずおずとつきあってみるのか、こちらから楽しそうに話しかけるのか、積極的にそして丁寧にコミュニケーションを取っていくのか。そんな態度や行動が、「その人そのもの」なのだと思う。