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「○○な人は××だ」などという人がたまにいる。

「高校生の時から留学に行く人は日本の学校に合わなかった人だ」「東大出身の人は世間をしらない」さらには「スタバで MacBook を広げている人は実は仕事ができない」などという。

確かに、中にはそういうことがあてはまる人もいるだろう。 けれど、当然だけど、日本の学校と海外の学校を比べて自分で留学を選ぶ人も多いし、東大出身の人でも他の大学の人と同じような経験をたくさんしている人もいるし、スタバで MacBook を使ってバリバリ仕事をしている人もいる。あたりまえだ。

「○○な人は××だ」と一度言ってしまうと、それがその瞬間に事実になって、留学に行く人や東大出身の人やスタバで MacBook を使っている人が全員例外なくそんな人たちだ、ということになってしまう。

とても簡単で、とても危険だ。

「○○な人は××だ」と言うことで、そこに様々な人がいることや、いろんな事情がある人や、いろんな状況や、いろんな時代や、いろんな場所があることが見えなくなって、たった一つのイメージにまとめてしまう。そして、いろんなことを考えたり、複雑な現実の中から小さな様々なことをピックアップして自分の頭で考えたり、ひとりひとりのバックグラウンドを想像したり、そんなことを一切放棄してしまう。

世の中は複雑だし、いろんな人がいるから、いろいろ考えて対処するのは大変だ。だから何か大きなレッテルを貼って、簡単に理解しやすいようにして、その理解だけをもとに反応するほうが、はるかに楽だ。

でも、貼った大きなレッテルの下には、実は複雑な現実があるし、ひとりひとりバックグラウンドが違う人たちがいる。それを一括りにして理解したような気持ちになって、そのレッテルにだけ反応してしまうのは、やはり危険だろう。

特に、世の中がどうなっているのかよく分からなかったり、これからどうなっていくのか想像がつかない時には、どうしてもいろんなことを簡単に理解しようとしてしまう。

そしてひとたび理解したつもりになると、間違った理解のまま、間違った反応をしてしまう。

私も含めて人間だれでも、物事をできるだけ簡単に理解できれば楽だと思う。でも、そんな人たちが増えて、大きな一つの流れとなると、複雑な事実やいろんな人たちを覆い隠すように貼られたレッテルだけを見て、それを攻撃したり、非難したり、間違った優しさで対応したりしてしまう。

「○○な人は××だ」は、とても簡単で、私もそうだけれど、それに引っ張られやすい。でもやはり、事実は本当は複雑なのだし、人はひとりひとり違うのだから、それを前提にいろんなことを考えて判断して行動していくことが、特にこんな時代には求められるだろう。

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