人の視線や評価が気になって仕方がない人は
弊社のたくさんの留学生には、当然だけれど、様々な人たちがいる。
積極的な人、ポジティブな人、よく考える人、感性で生きているような人、静かな人、楽しい人、いろんな才能がある人、などなど様々だ。
そして中には、いつも人の視線や評価を気にしている人などもいる。「こんなことを言って、嫌われたらどうしよう」とか「私の行動は周囲の人たちにどう映っているのでしょう」などといつも問うている。
彼ら、彼女らの性格や今までの経験がそうさせているのだろうし、それが悪いわけではないけれど、いつも周囲の視線や評価を気にしていることで、本人がしんどかったり生きづらかったりするのであれば、何らかの対処をした方がいいだろう。また、私も含めてほとんどの人達が、程度の差こそあれ、周囲の人たちの視線や評価が気になるものだ。
周囲の視線や評価が気になる人は、おそらく自分に突き刺さるような周りの人たちからのベクトルを強く感じているのだろうともう。いつも自分の外から何かが自分に突き刺さっているような感覚。そのベクトルの先が、心にちくちくと傷を与えるような感覚。
でも、周囲の人たちは自分が思っているほど自分のことには関心がない。また、周囲からの視線や評価は、自分から発しているベクトルに対する反応に過ぎない。
だったらまずは、自分から周囲に向けているベクトルにもっと集中してもいいと思う。
それは具体的に言えば、自分の言動や行動がまずあって、周囲の視線や評価はそれに対する反応に過ぎないことを理解することだ。周囲の視線や評価がまずあって、それに自分が反応して言葉を発したり行動を起こしたりするのではなく、まずは自分が最初であることをよく理解する。
だから、自分が何かを言ったり、行動したりするときには、その時点では周囲の視線や評価は気にしなくてもいい。そして、自分の言動や行動は、今の自分自身の一部で、それを周囲の視線や評価に合わせて変えたところで、それも自分の一部だ。だから最初から周囲から自分に向けられたベクトルは無視して、自分の言いたいこと、やりたいことをまずはやってみるのがいい。それに対して周囲の視線や評価がやってくるけれど、それに対して自分がどうするかは、その後で考えればいい。
周囲の視線や評価が気になって仕方がない人は、まずは自分が周囲に向かって発しているベクトルだけに注目して行動してみるのがいいと思う。
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