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以前にも書いたことがあるかもしれないが、どちらかと言えば受験勉強に対しては、私は肯定派だ。

大学受験レベルの知識や理解力は社会に出てから必要なことが多いから、たとえ受験が目的であっても、それらを身に付けておくことは将来役に立つ、というのが一つの理由だ。また、受験勉強には、自制心と忍耐、集中力と判断力が、また、孤独と戦いながら嫌なときでも机に向かい続ける気力が必要で、受験勉強を通してそんな力もつけることが可能だ、というのがもう一つの理由だ。

よくスポーツのトレーニングを通して、自制心や忍耐力、集中力や判断力をつけることができる、というけれど、受験勉強を通しても、それらの力をつけることができると思う。また、スポーツのトレーニングで身体能力を向上させることができるように、受験勉強では知識や理解力を向上させることができる。そういう視点から見てみると、スポーツのトレーニングと受験勉強は、ともに個人の様々な能力を伸ばすことができるという意味では、似ているとも思う。

でも、今の日本の受験勉強には、決定的な欠点がある。それは、ほとんどの試験は、「与えられた問題に対する正解を、決められた時間内に一つだけ求める」形式になっていることだ。受験の試験結果は、得点に換算され、順番に並べられ、高得点者から合格する。だから、時間内にいかに効率よく得点するか、言い換えれば、いかに効率よく正解を一つ探すかが、合否を分ける。

だから、受験勉強という勉強しかやっていない人は、「時間をかけて、正解があるかどうかさえわからない問題を自分で探し、それを自分自身に問い、様々な可能性を吟味して、複数の何らかの結論を導く」という力をつける機会がない。

何か困難なこと、何か考えなければならないことが目の前に出てきたとき、まず「正解は何だろうか」と、一つだけあるはずの正解を探すことにエネルギーを集中してしまう。また、そもそも解決すべき問題は、他者から与えられることが前提で、自分で問題を探したり作ったりして、それに対して考える、ということができない。

世の中の問題がはっきりしている時代、一つの正解をみんなで共有できるような環境であれば、受験勉強で養った能力も発揮できるだろう。でも、今の日本や世界は、正解がない問題を自分で探しながら、それに対してじっくりと考える能力が求められている。

受験勉強で身につく能力も大切だ。そして、時代や環境が変われば、受験勉強では得られない能力も、プラスして身に付けていかなければいけないのだと思う。