Aさんの話

数年前に、ある雑誌の取材を受けた。ロトルアで暮らす何人かの日本人のインタビューで、私がお話したことが、ほんの少しだけ雑誌に掲載された。

その取材には、日本から一人の男性がいらっしゃった。仮にAさんとしておこう。とても物腰が柔らかく静かに話す方で、ロトルアに滞在している間、4、5回ほどお会いしただろうか。

私の取材は半日ほどで終わって、その後、当時、弊社を通して高校に留学をしていた男子ラグビー高校生の取材に立ち会った。今でもそうかもしれないけれど、ニュージーランドにラグビー高校留学を長期でしている学生はそれほど多くなく、その学生には、何日かかけて取材をされていた。

そのラグビー高校留学生は、高校のラグビーチーム以外に、ラグビーリーグのチームにも所属して練習と試合に参加していたのだけれど、日曜日に行われた試合を、ロトルア郊外まで私の車で一緒に観に行った。

クラブハウスの2階から試合を眺めながら、Aさんは私に、リーグとユニオンの違いや、今日の試合の内容、ラグビー高校留学生について、などひとしきりの質問をした。そしてその後、「ちょっといろいろ見てきます」とおっしゃって、試合会場を歩き回って、いろんなチームの選手や選手の家族、運営関係者などに流暢な英語でインタビューを行っていた。

私が仕事の都合でどうしても戻らなければならない時間になって、その旨をAさんに伝えると、「私はもうしばらくいます。大丈夫ですよ。帰りは誰かに声をかけて送ってもらいますから」とニコニコしておっしゃった。「これからこの会場で他にもっとインタビューをするんですか」と聞いてみると、「いいえ、インタビューは全て終わりました。でも、いつもそうなんですが、取材をしている方が身を置いている、その環境に自分も身を置いて、その雰囲気を自分の体で感じることが大切なんです」とおっしゃった。「単にインタビューをするだけなら、電話やメールでもできるんですが、実際にお会いしてお話を聞いて、そしてその人達が暮らしている場所の風のようなものを感じることで、記事を書く内容が変わってくるんです」とのことだった。

私は少しショックを受けて、「ここにいらして、実際に人に会ってインタビューをするだけなのと、その後自分で時間を作ってその場所の雰囲気を体で感じるのとでは、書く内容が変わってくるんですか」と聞きなおしてみると、Aさんはちょっと考えて、「はい、変わりますね」とはっきりとおっしゃった。

先日その時の記事を読む機会があって、ふとAさんのことを思い出したので、今日のブログで書いてみた。

そのときの記事はこちら
ニューズウイークジャパン

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