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ニュージーランドで暮らして約15年。私が身をもって感じたことの一つは、「今目の前で私と話をしている人は、私とは考え方も、感じ方も、文化も、受けてきた教育も、言葉も、いわば何もかもが私と異なる人だ、ということを常に考えながら対するべきだ」ということだ。

ニュージーランドに移住してきた当時は、ニュージーランドの人たちの行動や言動に対して、「なぜこんなことをするのか。なぜあんなことを言うのか。」と思っていた。でも、ある日、「今、目の前にいる人は、自分とは考え方も感じ方も全く違う人なのだ。」ということを意識するようになると、相手のことを理解できるようになった。

これは一見矛盾しているように見えるだろう。何故なら、「相手が自分と同じ考え方、感じ方である」人よりも、「考え方も感じ方も全く違う」人のほうが、理解できる、と言っているようなものだからだ。でも、海外で異文化の環境で暮らしていると、「話している相手は、自分とは考え方や感じ方が異なるのだ」と認識した瞬間に、相手を理解できるようになるのだから、不思議だ。

「目の前にいる人は、自分とは考え方や感じ方が異なる」と認識すると、今度は、「目の前にいる人の、バックグランドや文化や、考え方や感じ方などを知ろう」と思う。そうしないと、その人のことは理解できないし、その人とうまく話ができないからだ。自発的にというよりも、どちらかといえば、生活していくためにやむを得ず、相手のことを知ろうとする。

ニュージーランドはマルチカルチャー、つまり多文化の国だ。マオリ、パケハ(ヨーロピアン)、アジアなど、様々な文化的な背景で育ち、暮らしてきた人たちが、同じ国に住んでいる。つまり、「何故そんなことをするのか、何故そんなことを言うのか」を全く理解できない人達が、自分の周囲にうじゃうじゃいるということだ。そしてそんな人たちの中で自分も、「何故そんなことをするのか、何故そんなことを言うのか」と周囲の人たちに思われながら生きている、ということだ。

だからこそお互いに、つまり一人ひとりが、「今、目の前にいる人は、自分とは考え方や感じ方が異なる」ということを前提にして、そして、「その人のバックグランドや文化や、考え方や感じ方などを知ろう」と行動し、相手のことを理解しながら、生きている。

つまり、自分の周囲の一人ひとりは、自分とは異なる人で、その一人ひとりとかかわるためには、お互いが異なっていることを前提とした相互理解が必要で、そこからコミュニケーションが始まる、ということだ。

そして、自分と異なる人を理解するために欠かせないのが、「想像力」だと思う。

想像力のスタートは、「相手を理解できないのは、ひょっとしたら、バックグラウンド、文化、考え方、感じ方が異なるからかもしれない」と想像することだ。そして、「その人の行動、言動は、その人のバックグラウンド、文化、考え方、感じ方を基にしているのだろう」という想像力。そして、「自分が理解している、その人のバックグラウンド、文化、考え方、感じ方からすると、その人の言動、行動も理解できる」という想像力だ。

だから、海外で暮らすということは、全てが「人は一人ひとり異なる」ということを大前提としている。そして異なるからこそ、自分以外の人に対して「想像力」を働かせて、理解しようとすることが必要なのだ。