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一昨日の土曜日で、ニュージーランドのデイライトセービング(Day Light Saving)、いわゆるサマータイムが終了した。デイライトセービングは、2007年から期間が延長され、9月の最終日曜日から4月の第一日曜日までとなった。

もともとは、太陽の出ている時間帯を有効に利用する目的で始められ、省エネルギーにも効果があるということだが、今回ニュージーランドでデイライトセービングの期間が延長されたのは、ツーリストがより長い時間観光を楽しめるようにということもあるらしい。
本来の目的とすこし方向が違っているように思うが、経済効果という名目がデイライトセービングに大きく影響したと言えるだろう。

デイライトセービング終了時は、土曜日寝る前に、あるいは日曜日の朝起きたら、時計を1時間戻す。言い換えれば、1日が25時間あるということか。ものすごく得をした感じもするが、デイライトセービングが始まる時には時計を1時間進めるので、結局同じことだし、よく考えれば、1日が25時間になることはないのだろう。

時計を1時間ずらす時にいつも感じるのは、今何時ですという「時刻」というものは、すごく人為的なもので、不安定で、不確かなものであるということだ。昨日の5時が今日の4時だし、デイライトセービングの期間が人の手で延長可能なら、去年の同じ日の3時は今年の4時であることもあり得る。例えば、生まれた日や時刻で人生を占うという方法もあるようだが、デイライトセービングの期間に生まれた人は、その時刻で占うのだろうか、本来の時刻で占うのだろうか。2006年の4月1日午前10時にニュージーランドで生まれた人は、デイライトセービングが2007年から延長されたことによって、2008年の4月1日では午前11ということになるし、午後11時55分に生まれた人は、日付まで変わってしまう。占いをする根拠になるものが流動的であるならば、そこから導き出される結果も確実なものとは言えないのかもしれない。

自分で書いていても、何を言っているのかよくわからなくなってくるが、なんとなく確実なものであると思っている「時刻」も、簡単に人の手で変更可能だということだ。時刻でさえそうなのだから、世の中に確実なものがどれほどあるのだろうか、とまで考えてしまう。