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4歳の娘は、iPod の小さなイヤホンに興味がある。私が音楽を聴いていると、片方のイヤホンをとって自分の耳に入れてニヤニヤしながら聴いている。

あまりに興味がある様子なので、「そのイヤホンの中には小さな人たちがいて、一生懸命楽器を弾いたり歌を歌ったりしているんだ。だから応援してやらないと止まってしまうよ。」と言ってやった。

一瞬、疑わしそうな顔をしていたが、すぐにイヤホンに向かって、「がんばって歌ってください!」と真顔で言っていた。その表情から、おそらく本気で、イヤホンの中に小さな人たちがいて演奏したり歌ったりしていると、信じているのだろう。

大人は、iPod のイヤホンの中に小さな人がいて演奏していることは絶対にありえないと思う。いくら、イヤホンから音楽が聴こえてきても、その中で人が演奏しているわけはない、と必ず考える。でも4歳の子どもは、小さなイヤホンの中に人がいて演奏していることを、いとも簡単に信じてしまう。

この差は一体どこから来るのだろうか。

子どもは、そう言われたら、ひょっとしたらそうかもしれない、と考える。可能性とか現実的とかそんな基準ではなくて、自分がそうかもしれないと思うと、信じてしまう。知識と経験がないからだろうか。

それに比べて大人は、まず、そんなことはない、と考える。可能性と現実的な基準で、自分ではそうかもしれないと思うことでも、信じない。知識と今までの経験が、信じない、という判断を下す。

そう考えると、大人は、「信じない」人間のように思う。子どもは信じる。自分の感覚でOKなら信じる。大人は、自分の感覚ではたとえOKでも、知識と経験と可能性と現実性でダメ出しをする。

でも、ほんの何十年か生きてきたその中の知識と経験って、4歳の子どもとどのくらい違いがあるのだろうか。それよりも、自分の感覚の方が何かを信じる基準には十分なようにも思う。

スティーブ・ジョブズに聞いてみたら、ひょっとしたら、「その通り。iPod のイヤホンの中には小さな人たちがいて、一生懸命楽器を弾いたり歌を歌ったりしているんだ。だから応援してやらないと止まってしまうんだ。」と本当のことを教えてくれるかもしれない。