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以前も似たようなことをこのブログで書いたが、それ以降もこの問題はどんどん大きくなっているようだ。

今日の日本のオンライン新聞にも、大阪市で戸籍上は152歳の方が生存しているという記事が掲載されていた。この記事を読んでも、どういうことだかよくわからない、という人も多いだろう。私も何故そんなことが、しかも1件2件ではなく、百人単位で起こるのか理解できない。

日本で戸籍というのは、最も信頼のおける書類の一つなのではないのだろうか。戸籍があるということは、その人が日本国民として存在しているということと全く同じ意味だと思っていた。でも、大阪市だけではなく日本中のあらゆるところで、戸籍がありながらその人の存在が確認できないという事態が、数多く起こっているようだ。

今日の日本のオンライン新聞の記事にも書いてあるように、これでは、戸籍そのものの信頼も揺らぐことになりそうだ。乱暴に言えば、戸籍の管理がいい加減だったということなのだと思う。そのいい加減さが今の事態を招き、信頼を損なう原因となっている。

もしそうであるならば、高齢者だけではなく、赤ん坊から100歳位までの全ての人に対して、戸籍の管理がいい加減に行われているかもしれない、と考えるのは行き過ぎだろうか。高齢者の戸籍の管理がいい加減に行われているだけで、後の人々は完璧に管理しています、と言われても、すぐには信用できないだろう。

もっと乱暴に言えば、戸籍だけではなく、他の重要な書類なども、私たちが考えているよりもはるかにいい加減に管理されていて、間違いや修正漏れなども多いのではないか、と思う。そうなってくると、これだけは信頼できる、というものを信頼できなくなってしまう。

ひょっとしたら、すでにこれだけは信頼できるというものは、私たちの頭の中にあるだけで、実際には存在しないのかもしれない。