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○○さんは優しい人だ。△△さんは賢い人だ。□□さんは真面目に働く人だ。その人がどんな人か評価を聞かれたときは、このように答えることも多い。

確かにそれも一つの見方だと思うし、性格や頭のよしあしや目に見える行動で、人は評価されることが多いとも思う。しかし最近、その人がいろんなことに対してどこでバランスを取っているのか、という点も、意外とその人をよく表しているのではないか、とも感じている。

例えば、優しくて賢くて真面目に働く30代の会社員、AさんとBさんがいたとする。二人とも結婚して小学生の子どもが2人いる。Aさんは、残業もいとわず朝から夜まで働き、家に帰るのはいつも夜遅くだ。週末も仕事に出ることが多い。一方Bさんは、就業時間内はしっかりと仕事をするが、定時になると帰宅して家族と一緒に過ごすことが多い。

同じように、優しくて賢くて真面目に働くAさんとBさんだが、いわゆるワークライフバランスのポイントが大きく違うことで、他の人からみたAさんとBさんの評価もかなり異なってくるだろう。どちらがいいという問題ではなくて、バランスのポイントが違うということだ。

また例えば、優しくて賢くて真面目な20代の会社員CさんとDさん。両方とも会社を辞めて、1年間ニュージーランドに英語力の向上を目的にワーキングホリデーにやってきた。Cさんは英語力向上のためにフルタイムで6ヶ月間学校に通い、放課後も図書館で一人で勉強する。また、日本語を話す友達とのかかわりを避けて、できる限り英語を話す人たちだけと接する毎日だ。一方Dさんは、学校は3ヶ月間通っただけだが、いろんな国から来た友達をたくさんつくり、日本語での会話も毎日楽しみながら、仕事も含めて現地の人たちとの英語でのコミュニケーションも積極的にできるだけとるようにしている。

同じように、ニュージーランドに英語力の向上を目的にワーキングホリデーにやってきたCさんとDさんだが、英語力向上に対しての、他者とのかかわりあい方のバランスが違う。もちろんCさんもDさんも英語力は伸びるだろうと思う。

また、人を評価するときに、バランスのポイントという視点で見ると、自分とバランスのポイントが近い人に共感し、ポイントが異なる人にはあまり共感しないことが多いように思う。逆に優しいとか賢いとか真面目だとかいう視点で人を見た場合は、それが共感に直接結びつかないことが多いように思う。この人の優しさは私と似ているとか、この人の真面目さは私の感覚に近いとかは、あまり思わない。それに対して、他の人のバランスのポイントに対しては、私に近いとか私には理解できないとか、そういった感情を持つ。

性格や頭のよしあしや目に見える行動ばかりではなく、その人がいろんなことに対してどこでバランスを取っているのか、ということが実はその人自身だ、とも言えるかもしれない。