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入学試験など、明らかに選考を目的とし、受験者に結果がわからない試験は別にして、普段学校で行われている学力試験や定期試験、小テストなどは何のために行われているのだろうか。

中には、受験する全ての試験やテストが評価や選考につながるという場合もあるだろう。高校入試に中学時の評定値が考慮されるなどの場合だ。確かに、一発勝負の高校入試の結果のみで選考するのではなく、今までの中学での学業やその他の評価も考慮して選考する、というのは一つの方法だと思う。でも、中学在学中、生徒は常にいい成績を残さなければならないので、そのプレッシャーは相当なものだろうう。一度でも成績が悪いと評定値が下がる。

私は、普段学校で行われる学力試験や定期試験、小テストなどの大きな目的の一つは、その時の理解度や理解範囲を自分で知る、ということだと思う。例えば、数学の試験を受けて、計算問題はほとんどできたが、幾何の文章題の多くを間違えた、とか、英語の試験を受けて、単語の問題は80%くらいできたが英作文はほとんど点数がもらえなかった、とかだ。試験やテストの結果の内容をよく見れば、自分がどの程度理解しているのかや、どの項目を理解しどの項目を理解していないのかがわかる。そのために試験やテストを受けるのだ。

だから極端に言えば、試験やテストの結果が、100点満点の100点であっても50点であっても、同じだと言える。それは、自分が何をどの程度理解していて、何をどの程度理解していないのか、ということが自分でわかる、という意味で同じだ。100点はいいことだ。出された問題を全て理解していることが自分でわかる、という意味で。それと同じように、50点もいいことだ。出された問題の半分を理解しているということが自分でわかる、という意味で。だから、100点も50点もとてもいいことだし、そういう意味では全く同じ結果だとも言える。

100点と50点が違うのは、100点を取った後は、試験に出た内容は今後勉強する必要はほとんどないのに比べて、50点を取った後は、できなかった50点の範囲をもう一度理解できるまで自分で勉強する必要がある、というところだ。100点と50点は、自分の理解度が自分でわかるという意味で同じだが、その後にやらなければならないことが大きく違う。つまり、試験の結果ではなくて、試験のその後の行動の違いが求められるのだ。

だから、試験をして結果が100点でも50点でも15点でもいいのだ。点数に一喜一憂する必要など全くない。その後、理解できていない50点分、85点分を理解しようと勉強すればいいのだ。重要なのは試験のその後の行動だ。