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昨日、冬至について書いた。ニュージーランドが冬至のときは日本は夏至だ。理屈ではわかっているが、感覚的によくわからない。それは、冬至と夏至を同時に体感できないからかもしれない。

ニュージーランドと日本とで季節が逆だったり、冬至の日と夏至の日が同じ日だったりするのは、地球の地軸が公転軸に対して23.4度くらい傾いているからなのだろう。この地軸の傾きというのは小学校の5年生くらいで習ったことだが、そもそもこれがよくわからない。ある程度の事実は事実として受け止めて、それを前提に考えるのが科学に対する態度なのかもしれないが、文系ど真ん中の私としては、「地軸が傾いている?なんで?」と考えてしまう。その上「傾いていると思っているだけで、本当は違うんじゃないの?」ということまで考えてしまうので、科学の世界には入れてもらえない。

地球は公転軸に対して少し傾きながら自転していて、しかも同時に約1年かけて太陽の周りを公転している、というのは、少し考えてみれば、奇跡的なことだと思う。それが1年だけ公転しているのではなくて、ずーっとずーっと永遠に自転しながら公転している。この40年ほどで1日の長さが変わったとか、1年が370日になったとかいうニュースは聞かないので、おそらく私が生まれた頃には、地球は自転していたのだろうし、太陽の周りを公転していたのだろう。

その周期が40年間全く同じであるということに、まず驚く。以前にどこかで書いたかもしれないが、40年間その速度が変わらないというほうが、おかしいと思う。例えば、もし私が燃え盛るサッカーボールの周りを、自らも回りながらさらにぐるぐると走って周っていたら、きっと3周目くらいからだんだん遅くなると思うし、40周も周れば、ちょっと休憩するだろう。

それなのに、何故地球はずっと同じ周期で自転しながら公転できるのだろうか。去年よりも今年の公転周期が遅くなっていますよ、と言われたほうが、感覚としては納得がいく。そりゃ地球も同じ速度で周りつづけるわけはないだろう。去年は365日だったけれど、来年は368日です。なぜかといえば、地球の公転速度が落ちてきているからです。地球がずっと同じ速度で公転しているわけがないじゃないですか。と言われると、大変なことだとは思うが、感覚的には納得がいく。地球も疲れてきてるんだ、と思う。

私たちは、一定の周期で自転しながら公転する、という奇跡的な運動をずっと繰り返している地球の上で暮らしている、ということだ。しかも球体だ。感覚的には、そんなことはありえない。自分も回りながら何かの周りを周っている球体の上で暮らしている、など誰が信じるだろうか。

だから、今この地球上で暮らしているということは、信じられない状況であり、奇跡的な環境でもある。それでもみんな普段はそんなことを忘れて、その球体の上で、泣いたり笑ったり怒ったりしているのだ。

そして明日も朝が来て、日が少しずつ長くなっていく。