ありすぎてなにもない
たくさんのものがあると、結局なにもないのと同じだ。
たとえば、映画やドラマのサブスクリプションで、何千というタイトルが並ぶと、「ピンと来るものがない」と感じてしまう。そして「どれも面白くない」と結局見るのをやめてしまう。
でも、「もうすぐこのタイトルは見られなくなります」という表示が出ると、慌ててそれを見てしまう。
ずっと目の前にたくさんの選択肢があると、それはもうなにもないのと同じで、選択肢がなくなってしまうという段階になって初めて、それに目が行く。
ありすぎると、ないのと同じなのだ。
ありすぎてなにもない。
もし映画やドラマのサブスクリプションが、毎週たった20本しか選ぶことができずに、しかも次の週には全部入れ替わってしまうのなら、毎日何か一本でも見るかもしれない。少ない選択肢が短期間にしか選べないことが逆に、能動的な選択につながる。
ありすぎるとだめなのだ。
ずっと選べると思うとなにも選ばないのだ。
サブスクに限らず、そんなことが他にもたくさんあるだろう。
限られた選択肢が、限られた期間にしか、目の前に並ばない。それが、選ぼうという意欲をかき立てる。
あまりにも多くの選択肢がずっと目の前にあると、能動的な選択意欲は萎えてしまうのだ。