みんなそうしているから、をやめてみる

私もそうだけれど、何かを決めるときに、みんながそうしているから、を基準にすることがある。

その判断の理由を後で聞かれたときに、「だって、みんなそうしているから」と答える。そして安心する。

みんながそうしているのだから、きっと良い判断なのだろう。

みんながそうしているのだから、きっとうまくいくだろう。

みんながそうしているのだから、もしネガティブなことが起こっても、自分一人だけではないだろう。

確かに、みんなと同じ判断をすると、安心だ。なにがあっても、みんなの行動を見て、自分の行動の参考にできる。

でも、いつもいつも、みんながそうしているから、を基準に自分の判断をしていると、なにか間違うように思う。

なぜなら、その時々で参考にする「みんな」が違うからだ。「みんな」って誰?と聞かれると、明確に答えることはできない。

「みんな」が近しい友達だけのこともあるし、あまり知らない同級生たちのこともある。友達から聞いた世間の様子のこともあるし、ネットでなんとなく大勢がそう言っているだけのこともある。

また、みんなと同じ判断をしたからといって、みんなと同じ結果を得られるとは限らない。

みんながその大学学部を目指すから自分も目指しても、みんなのうち誰かは不合格になるかもしれないし、その一人が自分かもしれない。みんなが同じことを続ける判断をしても、みんなのうち誰かは途中で辞めるかもしれない。

そして、そもそも人は一人ひとり違うのだ。生まれも育ちも、性格も性別も、健康状態も学力も、何もかも違う。もともと違う人なのに、みんなと同じ判断をしても、その後の流れが同じには決してならないだろう。

だったら、何かを決めるときに、みんなそうしているから、を基準にしないほうがいいかもしれない。みんなそうしているけれど、みんなそうしていないけれど、自分はそうする、と決める。

親しい友だちや知らない同級生、世間やネットがそう言ったり、そうしたりしているけれど、自分は自分で考えて決める。

そのほうがいいことも多いと思うのだ。

オンライン個人相談会

約制の無料オンライン個別相談会!