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Google 翻訳が、ニューラルネットワーク技術を活用した新しい機械翻訳システム(Neural Machine Translation)を発表した、というニュースがあった。

Google に限らず、英語から日本語やその逆のコンピュータによる翻訳を何度か使った方も多いだろう。

一昔前までだったら、英文を日本語に訳してみると、とんでもない間違いや、日本語としてほとんど意味がわからない場合も多くあったけれど、今回のGoogle 翻訳は、とてもいいらしい。

私も試しに、ニュージーランド移民局のStudent Visa Guide の一節を日本語に訳してみたけれど、おおよその意味が取れる程度には日本語に訳してくれたが、どちらかと言えば、日本語から英語のほうがうまくいくように思う。

こんなニュースが出ると決まって、「これでもう誰も英語を勉強する必要がなくなったね。」という人がいる。確かに、一年のうちにたまに英文を読んで理解する必要がある程度の方なら、進化したGoogle 翻訳である程度使い物になるのかもしれない。

でも、だからと言って、どんなレベルのどんな量の英文も、機械による翻訳で事足りるという訳ではまだまだないだろう。

また、英語を単に日本語に訳した文章を読んだからと言って、英文を書いた人が意図することを全て理解できるわけではない、というのも、重要だ。

例えば、同じ日本語を使っていても、80歳の人と10歳の子どもが会話をしてお互いに全て相手の言っていることを理解するのは難しいだろう。また、同じ世代の人同士でも、北海道と九州で生まれ育った人がずっと一緒に暮らしていて、お互いの会話を理解できるかと言えばそうではないだろう。

同じ日本語でのコミュニケーションでも、世代や暮らしてきた場所が違えば、言葉だけで相手の言っていることを100%理解するのは難しい。ましてや、普段日本語を使う人が、普段英語を使う人を、機械の翻訳だけで理解するのはもっと難しいだろう。

つまり、日本語と英語間の翻訳が一見ナチュラルに機械によって行われたとしても、相手の文化やバックグラウンド、普段暮らしている環境などを理解しないままでは、言葉でのコミュニケーションだけで理解し合うことは難しいのだ。

そう考えると、異なる言語がナチュラルに翻訳できるようになればなるほど、一見簡単に理解できそうな言葉でのコミュニケーションに、見えない溝が生まれてくる。そこで大切になってくるのは、お互いの文化やバックグラウンドの理解だ。

Google 翻訳が神レベルになってくれば、逆説的ではあるけれど、日本を出て、実際に英語を話す人達と会って、コミュニケーションをして、その人達の文化やバックグラウンドを自分で体験し理解する必要が出てくるのだ。

Google 翻訳